『めぐり逢わせのお弁当』は、「サラメシ」の衣を借りた、黒澤明監督の『生きる』でした!

 

インド映画と言えば、出演者たちが勢揃いして群舞を披露するチャラいコメディ映画のイメージが強いかもしれませんが、この映画にそんな軽薄なところは微塵もありません。

まるで軽妙な向田邦子の短編を原作にして、巨匠小津安二郎監督がメガホンをとったような軽すぎず、重すぎもせず、人生を感じさせるいぶし銀のような映画で、今回は、これを取り上げることにしました。

インド映画を敬遠するような人には、意表を突く隠し玉的なおススメの作品です。

 

インドのサラメシ映画

アメリカ映画によく出てくる茶色いランチ・バッグは、見るからに味気ないものですが、日本のお弁当というのは、見過ごしてしまいがちですが、考えてみれば、クール・ジャパンと言ってもいいすばらしい文化です。

俳優、中井貴一さんのナレーションでおなじみ、人様のお弁当の中身をのぞき見するNHKの人気番組『サラメシ』も、よくぞ、やってくれたと快哉を叫びたくなる目からウロコの生活の切り取り方、アングルではありませんか。

あまりに当たり前すぎて、気づかなかったお弁当という存在。

それなのに、見せてもらって初めて気づくような、さまざまな人々の生活が、その小さな箱や入れ物に「詰め込まれて」いるからです。

さて、その一方、日本のお弁当文化もすごいけれど、インドのお弁当の文化も、びっくりするくらい奥が深く、そのすごさをまざまざと見せつけてくれるきっかけになるのが、この『めぐり逢わせのお弁当』というインド映画です。

インド特有のお弁当事情

かつてイギリスの植民地だったインドでは、イギリス人の昼食はさておき、インド人の場合、勤務先で支給されるイギリス式の昼食には大問題がありました。

単に嗜好が合わないというだけでなく、ヒンドゥー教やイスラーム教には禁忌という食べてはいけないものがありますし、さらに問題なのは、例のカースト制度の問題で、下位のカースト出身が作るものには抵抗感があったからなのです。

また、インド人向けにインド料理を提供するのが難しかった、という事情もあるようです。

そこで窮余の一策として浮かび上がったのが、家庭で作った弁当を勤務先へと配達するダッバーワーラーというプロの弁当配達人の存在です。

この配達人がほんとにすごい。ただでさえ、インドの人口は圧倒的な数ですが、それに混じって、日本の郵便配達のように白っぽい服を着たものすごい数のダッバーワーラーが、街や駅にあふれ、その一人一人が大量のお弁当をまあ、もののみごとにいくつも持って運ぶ姿が日常風景としてあります。しかも、この配達人は、たとえ字が読めなくても、ぜったいに届け先を間違えないということでも有名です。彼らの姿は、この映画でも冒頭でたっぷりと描かれます。

シェークスピアも考えそこねた間違いの悲喜劇

さて、ドラマは、インドの大都市ムンバイの一角から始まります。若くて美しい主婦のイラは、仕事ばかりで家庭をまったく顧みない会社員の夫、そして幼い一人娘の三人暮らし。

彼女は夫から自分に目を向けてもらいたいばっかりに、毎日、心をこめてお弁当を作っていました。

夫が会社に行き、子供も学校を行ってしまうと、ぽっかりと孤独に襲われるイラでしたが、その孤独を唯一和らげてくれるのが、上の階にいるアウンティという叔母の存在でした。今日はあんたのカレーはイマイチね、これを使いなさいと、上の階からひもにくくりつけた籠が下がってきて、中に入っていたスパイスを使いなさいとアドバイス。

アウンティは、匂いだけで料理の味が分かってしまうほどの達人なのです。

しかも、お弁当は配達人がいるので、夫が出かけた多少後からでも作れます。

アウンティの「さじ加減」ですっかり見違えたお弁当を包み終えると、イラはいつものようにダッバーワーラーにお弁当を渡しました。

ところが、どういうわけか、そのお弁当は、夫ではなく、早期退職を間近に控えた気難しい初老のサージャンという男に届いているらしいのです。

サージャンは、昼食は仕出しの弁当屋に頼んでいて、てっきりそれは自分の頼んだ弁当だと思い込むのですね。

彼の妻はすでに亡くなっていて、仕事もいかにも経理らしい真面目一本槍の人物で、社内でも一度もミスしたことがないほどの堅物でした。

そんな彼は料理にもうるさく、イラの弁当を知らないで食べると、アウンティの一言が効いたのか、それがめっぽう美味だったのです。

お弁当の中に恋の卵

しかし、お弁当を食べたはずの夫の反応から、イラはお弁当が違う人に届いてると確信し、翌日配達するお弁当の中に、間違った人にお弁当が渡っているようだと、お弁当の中に一通の手紙を忍ばせます。

そう、これがきっかけとなって、見知らぬ者どうしの一種の文通が始まっていくのです。

イラは手紙で夫の悩みをサージャンに打ち明け、サージャンもイラのおいしいお弁当と正直な気持ちをつづった手紙に返事を書いていきます。

そのうちに、妻を亡くした孤独が徐々に癒されていくのです。やがて、その関係がほのかな恋へと発展していくという流れになってゆくのですが・・・

絶対に配達先を間違えないダッバーワーラーのありえないミスのおかげで、二人の孤独な人生には果たして奇跡が起こるのでしょうか?

二度とない人生の哀感とせつなさが胸に迫ってくる一篇に仕上がりました。小津安二郎の演出を思わせる泰然としたカメラ・アングルや演出も特筆ものです。

さて、今日のあなたのお弁当、ほんとうにあなたのですか?