Netflixオリジナルドラマ『マルコ・ポーロ』を100倍楽しむための予備知識

マルコ・ポーロ

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マルコ・ポーロってどんな人物!?

そういえば昔社会で習ったけど、今さら人に聞けない、知っていそうでいて知らないマルコ・ポーロの人物像を今回は取り上げます。

マルコ・ポーロといえば、『東方見聞録』。『東方見聞録』といえば、マルコ・ポーロと、メビウスの輪状態になってしまいますが、『東方見聞録』は、マルコ・ポーロというベニス(ヴェネツィア)の商人が、中世前夜のヨーロッパに中央アジアや中国を紹介することになった、1300年頃に書かれた口述の記録です。

マルコってお坊ちゃまだった!?

その本によれば、1271年、マルコがまだ17才の時に旅はスタートしましたが、実は父親のニコーロとマフィオの兄弟(つまり叔父さん)が、すでに中東商人として今のトルコのイスタンブールのあたりに住み着いたり、(とてつもない旅に出るだけの)すでにある程度は財を成していたと考えられます。父親はベニスに戻って初めて、マルコが生まれたことを知ったそうですが、その時、マルコは17才のおそらく凛々しい青年でありました(だいたい高校三年生)。

そして、帰って2年後に、いよいよマルコが見聞きした『東方見聞録』の旅がスタートするわけですが、それは現在の地名でいえば中東のイスラエルやトルコやイランからはじまって、中国、ベトナム、インドに至るまでの気が遠くなるような壮大な旅でした。一行が富や財宝を持ち帰ったのはナント24年後で、全行程は1万5千㎞にのぼるそうです。

そして、当時、中国を牛耳っていたモンゴル帝国(つまり、元)のクビライ・カーンとマルコは謁見し、既知を得たというのが有名な史実として残っています。

もしもマルコがいなかったら、アメリカ大陸も発見されてなかったかもしれない!?

マルコが持ち帰ったアジアに関する情報がきっかけとなって、15世紀中ばから17世紀中ばまで続いた、ヨーロッパ人による大航海時代は到来してなかったかもしれないのです。なんせ、帆船という高速船による大航海時代が始まる200年もの昔に、東方への見聞は成し遂げられた快挙なのですから。それにマルコが持ち帰った方位磁石が、後の羅針盤に進化したとも言われています。羅針盤がなければ、遠洋航海など夢のまた夢ですよね。

それに日本もJapanと呼ばれていなかったかもしれないのです。なんせ、黄金の国ジパングがあるという噂がきっかけになって、アメリカを発見したコロンブスや世界一周を成し遂げたマゼランといった冒険家たちは、まだ到達していなかった極東のアジアを目指したのですから。アメリカの原住民がインディアンと呼ばれたのは、インド人と間違えたからだというのは有名な話です。

それに、ひょっとするとマルコがいなかったら、イタリアにはスパゲッティがなかったかもしれない!?

マルコといっしょに旅した船乗りがスパゲッティを伝えたとも言われていますし、今のスリランカでは良質なルビーやサファイアが採れ、インドにはダイヤという宝石があるというのを伝えたのもマルコです。そのあたりには毒蛇が待ち受けているとも伝えました。

それにしても、日本に金が埋蔵されているという黄金の国ジパングという伝説がなんでそんなに広まったかといえば、平泉の中尊寺金色堂で有名な奥州藤原氏の噂が流れていたという説があります。鎌倉時代の日宋貿易あたりが情報元なのかもしれません。

彼の生き様を描いたドラマ『マルコ・ポーロ』

さて、そんなマルコが、中国で覇権を握ったモンゴル帝国、後の(中国の)元の皇帝クビライに気に入られ、その政権内のどろどろした権力闘争に巻き込まれ、その折節、マルコがクビライに対していかに忠誠であるかを問う厳しいエピソードをまじえ、『三国志』のような権力欲と人間の欲望が渦巻く権謀術数のドラマ、それがNetflixオリジナルのドラマ・シリーズ『マルコ・ポーロ』のエピソード1というわけです。

ジパングに無縁とは言えない、これでだいぶ身近になったマルコの「その後の行方」を追ってみたくなりませんか?!

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