実話に基づく『THE ICEMAN 氷の処刑人』という映画は、サブタイトル通り、ほんとうに氷のように冷酷な、実在する殺し屋を冷徹な筆致で描くクライム・スリラーです。
恐ろしい異名(ICEMANの意味)
わざわざ大文字のアルファベットを並べて原題を使用したメイン・タイトルには、実は二重の意味がこめられていて、氷のように冷酷な男という意味だけでなく、ほんとうにこの男は殺した相手を大きな冷凍庫に保存し、わざと死亡時刻を分からないようにしたので、こういう異名をとったと言われています。
マイケル・シャノンがしぶい
本名リチャード・ククリンスキーというこの男の苗字は、あまり耳にしないですが、ロシヤ系ではなく、ポーランド系です。
この役を演じているのが、レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット出演の文芸映画『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(08)でアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされたマイケル・シャノンが、演じており、ちょっとレオナルド・ディカプリオに似た、レオ様のお兄さんと言ってもいい風貌なのですが、独特の目力が印象的な実力派の俳優さんです。
「氷の処刑人」ぶりをさらりと
やがて奥さんとなるこのデボラ役を一時、万引きなどの奇行が噂されたウィノナ・ライダーが久々に演じていて、恋に不器用なリチャードがデボラとデートを重ねるシーンから始まります。
しかし、不器用なリチャードはキスもろくにできず、なじみのバーでビリヤードをやっている仲間にそのことをからかわれ、あげくの果てに勝負に勝った相手が金を払う段になって、ぐずぐず言うのに腹を立て、その場では何もしなかったのですが、しばらくして、車で帰ろうとした男を尾けまわし、暗闇からヌッと現れて、いきなり首を搔っ切ってしまいます。
この冒頭のシーンで、「氷の処刑人」ぶりをまざまざと観客に見せつけます。
名優同士の目力バトル
その後は、何食わぬ顔で、日常生活を送るリチャードですが、ポルノ映画のダビングをするのが彼の本業で、恋人のデボラにはディズニーのアニメのダビングをしていると嘘を言い、これでキャラ設定がかちっと決まります。
ポルノ映画をダビングし、マフィアの資金源とする闇稼業なわけですが、やがて、徹夜をしてダビングをしているリチャードの仕事が遅いと、ある晩、マフィアのボスが用心棒をつれてリチャードの仕事場にやってきて、痛めつけます。このロイ・ディメオというボスを『グッドフェローズ』でマフィアの実在人物を演じたレイ・リオッタが演じていて、これがまたゾクッとするほどいいんです。レイ・リオッタも不気味な目力の人ですが、マイケル・シャノンの「氷の」目力と火花を散らし、甲乙つけがたい演技力です。
気をもたせる死の演出
ボスのディメオは、ちょいとリチャードに焼きを入れにきただけだったのですが、さすがはボス、下っ端のリチャードの氷のような目つきを見逃しません。
後日、ディメオは仲間とともにリチャードを車の中に連れ込み、手下になれと脅すのですが、その通過儀礼として、たまたま車に小銭をせびりに来たホームレスの男を殺してみろと、ディメオは自分のコルトをリチャードに渡します。それをあっさり受け取ったリチャードは、人通りの少ない路地裏でやや「気をもたせながら」そのホームレスの腹を二発撃ち抜き、顔色一つ変えず殺してしまいます。この「 」の部分にまたリチャードのキャラをにじませます。監督の演出もうまいです。
犠牲者は100人以上
こうして、手下として認められたリチャードは、ディメオの契約殺人者となって、それこそ水を得た魚のように「氷の処刑人」として闇社会でのし上がっていきます。
その頃には、リチャードもデボラと結婚をしていて、妻には一切悟られぬ二重生活を送っていき、人間臭いところも描いていきます。
このククリンスキーが手をくだした犠牲者は100人以上にものぼると言われ、あのヒッチコックのスリラーの名作『サイコ』のモデルになったと言われる70年代の連続猟奇殺人鬼テッド・バンディでさえ、手にかけた若い女性は30人以上と言われます。100人以上というのはハンパな数ではありません。
リチャードは嘘に嘘を重ね、嬉々として犯行を重ねていきますが、その二重生活ぶりを見ていると、いつもまにかリチャードの側に立って、バレないといいのに、心の中で応援してしまう自分に気づきます。こういう観客心理というのは何なんでしょうか?
いくら人間性が疑わしい犯人であろうとも、犯人が人間であることは、誰にも否定できません。
反社会的なクライム・サスペンスでありながら、次はどうなるのかとついつい見続けてしまうわたしたちには、心の底にリチャードと同じような指向性があるのでしょうか?
それが、われわれ人間の、氷のような人間性でないとは誰にも言い切れないのです・・・。
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