今年のアカデミー賞でまず最初で最大の話題は『ラ・ラ・ランド』が最多の、何と、14部門でノミネートされていたことでしたが、いざ授賞式が始まった後の最大の話題、巷の話題の的は、作品賞の発表で、受賞した『ムーン・ライト』のかわりに、受賞していない『ラ・ラ・ランド』をコールしてしまったことでしたね。
まあ、そんなゴシップ誌が喜びそうな話題の陰で、どちらかというと地味な長編ドキュメンタリー賞部門よりも、さらに地味な(W地味と言ってもいい)短編ドキュメンタリー賞部門で、Netflixのオリジナル作品である『ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-』がひっそりと受賞していたのです。
Netflixerとしては、ちょっと嬉しい事件
Netflixerとしては、ちょっと嬉しい事件でしたね。
この作品は、昨年の9月16日にNetflixで公開されたので、あるいは観た方も多いかもしれません。短編というだけあって、40分というコンパクトな作品ですが、あらためてこの作品が受賞した意義をここで「ひっそり」と噛みしめてみたいと思います。
言葉よりも雄弁な映像
すでに、ニュースなどでホワイト・ヘルメットのことは聞き及んでいるかもしれませんが、この作品はシリア民間防衛隊であるホワイト・ヘルメットの隊員たちの活動を取材したドキュメンタリーです。
激しいシリアの内戦では、警察や消防が機能していないため、シリアの民間人で構成されたボランティアの人たちが命がけで市民を救助しているのです。その隊員たちが白いヘルメットをかぶっているため、そう俗称されているのは、もうみなさんもお聞き及びかと思います。
しかし、命がけと口で言うのは簡単ですが、それは一体どんな状況なのか、映像は言葉よりも時として雄弁です。
いわゆる「映画」ではない事実の重さ
瓦礫の山に向かって、オレンジ色の担架を持って走る武装した男たち。その直後、今度は別の男が腕の中には幼い女の子と男の子が抱きかかえて、走ってくる。と、二度目の爆発音がこだまする。また爆撃。建物は粉々に破壊され、こんな中で救出が行われている。画面は黒くなり・・・これがこの作品の冒頭シーンです。映画では、どうということのないアクション・シーンかもしれませんが、これは「映画」ではなく、事実なのです。
2900人強いるというシリアのこのボランティア部隊は、世界で一番危険な紛争地域で今も、自国の男女や子供や老人たちを命を賭して救い続けているのです。
素人にはできないことをする素人たち
作品は、アレッポの同じ隊に属している元大工、元鍛冶屋、元洋服屋の三人にまず密着します。この三人は共にトルコで訓練を受け、国境を越えた安全な場所で家業を再開するのではなく、危険な自国に戻ってこの活動を続けているのです。
シリア国内では紛争があるため、救助の特殊な訓練を受けることはできません。こういう訓練を受けていないと、もともと素人である彼らは犠牲者を救ったりすることはできないからです。つまり、彼らは素人にはできないことをしなくてはならない「素人」なわけです。
六万人の命を救うために失われた数十名の命
内戦と言うよりは、もはやシリア戦争と言ってもいいこの戦いに入ってもう7年ぐらいになるでしょうか、このホワイト・ヘルメットたちは、爆撃の終わった後に駆けつけ、6万人の命を救ったと言われていますが、爆撃の多くはシリア現政権の化学兵器と並んで悪辣と言われる樽爆弾か、ロシアの空爆によるものです。そんな彼らが無傷でいられるわけもなく、爆撃が終わった後に駆けつけたとはいっても、二次的な爆撃で今までに数十名の命が奪われたといいます。16時間も瓦礫の中に埋まっていた「奇跡の赤ん坊」を救ったので有名になったボランティアの一人も、昨年に亡くなっています。
中でも「救急車の少年」と言われる、埃を全身にかぶりながらつぶらな瞳が胸を打つ5才の少年オムラン・ダクニシュくんの写真は、メディアでも有名になりましたが、そういう子も救った彼らは、ノーベル平和賞の候補にもなっているのです。
映画館上映よりもネットのほうが作品は拡散する
イギリスのオーランド・ヴォン・アインシーデル監督が、この作品の配給にNetflixを選んだのは、映画館でかけるよりも、ストリーミング上映のほうが90か国の8300万人に作品が届くと判断したからだそうです。映画館やテレビ上映よりもネットのほうが拡散する確率が高いと踏んだからでしょう。
幅を利かせ始めたストリーミング上映
なお、今年のアカデミー賞では、Netflix オリジナル作品であるこの『ホワイト・ヘルメット‐シリアの民間防衛隊‐』以外にも、同じ短編ドキュメンタリー部門でNetflix作品である短編ドキュメンタリー『最期の祈り』もノミネートされ、他にもNetflixオリジナル作品が2作品ほどノミネートされ、大健闘を見せました。
一方、同じストリーミングでの作品上映を目指しているアマゾンも『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が作品賞にノミネートされるなど、惜しくも受賞は逃しましたが、製作のクレジットに確実に名前を残しています。
かくのごとく、今後もドキュメンタリー部門ばかりでなく、Netflixやアマゾンなどのストリーミング上映作品が、幅をきかせていくだろうことは、ほぼ間違いがない情勢で、映画業界とネット業界の「戦い」が、今、ひっそりと始まっているのかもしれません。
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