ジャパン・タイムズの映画評でいつも気になる評を(英語で)書いてくれているコラムニスト、ジョヴァンニ・ファツィオ氏がこの映画を誉めていたので、以前からこの映画が気にはなっていました。嬉しいことに、本作品が Netflixがラインナップに入っていたので、観る機会に恵まれました。
ほのぼのトラジコメディの傑作
日本ではトラジコメディというジャンルがあまりクローズアップされませんが、まさにその言葉がぴったりの映画でしたね。まあ、悲喜劇と言ってしまえば、そうなんですけど、ちょっとニュアンスが違う気がいたします。
海を彷徨う船のようなあてどない毎日を送る主人公
まず、開巻は漁船の無線機のクローズアップで始まり、これから何が始まるのだろうと不安感と期待感がないまぜになります。やがて、髭面のむさい男が登場して、それがさびれた港町の漁師である万造という主人公なのです。
平屋の一軒家で一人暮らしをしている38才の独身男。父親が遺してくれた〝野郎丸〟(もう船の名前だけでも笑ってしまいますが)という小さな漁船で、毎日、海に出て網を引いては、暮らしをたてています。たまに、うらぶれたバーで酒を飲むぐらいが唯一の楽しみで、万造はどうにもならない “going nowhere” な毎日を送っていました。
来た、婚活パーティーだぞ!
そんなある日、町役場が主催した婚活パーティーがあると聞き、同じ年頃の野郎どもが役場に大挙する中に、もちろん万造の姿もあります。むすっとした係のおばさんは、役場でビデオを貸すから自己アピールのビデオを撮ってこいと言い、それが条件といえば条件なのでした。
万造も自宅でビデオを回して、売りどころもないアピール・ビデオを撮って提出。
さらに、婚活のパーティーには「今どきの都会の娘が来る」というので、万造ははりきって洋品店(ユニクロじゃないです)に行き、どんな服がいいのかと店主に聞きます。
麿赤兒(まろあかじ)演じる店主の濃いキャラクターがすごくて、スーツなら紫色だろとか(そうか)、人類で初めて月面に着陸した宇宙飛行士アームストロングが着てた、サイン入りのシャツとか(そんなもんいらないよね)、あげくのはてにプレスリーが着てたようなヒラヒラ付きのウェスタン・ジャケットを勧めたり(ぐえッ)、都会の女の子が逃げ出しそうなダサいファッションをガンガン勧めるのも笑えます。
自己アピール・ビデオが放送事故のように
さて、都会の若い娘が船に乗ってやってきたパーティーの当日、不器用を絵に描いたような万造は、一人も女の子に近づけないでいます。
いよいよ自己アピールのビデオの上映となっても、しょっぱなの若者のビデオは受けますが、アピール度の低い万造のビデオがでかでかと画面に映し出されても、当然、まったく受けません。
それでおしまいかと思いきや、観客の一言に観客はぐんと惹きつけられます。
実は、ビデオに映っていた万造の自宅の押し入れにまるで幽霊か怪奇現象のように、妙齢の女性と子供の姿が映っていて・・・「あれ、誰や」という一言が聞こえます。
ホラー的展開からホームドラマへ
観客もその一言に同感です。ホラーになるのか、いや、その二人の人物がほんとうに押入れに隠れていたのです。
というのも、万造はアメリカンドッグをまとめ買いし、冷凍庫にいつも保管していたのですが、それが1本、2本となくなっていたからです。思わず、ふふふと笑ってしまう展開。
果たして、その幽霊みたいな親子は何者なのか? やがて、押し入れから出てきた二人に対して、万造のリアクションがこれまた不思議です。
しかも、婚活中の万造にとっては、願ってもない展開。旦那に逃げられて、たまたま家に住みついていた親子と万造は、奇妙な同居生活を始めます。
いつのまにか住み着いた不思議な親子
野良猫のように、いつの間にか、家に住みついていたコケティッシュな魅力たっぷりの美津子とマサオという子供。
この後どうなるんだろう・・・という心配をよそに、万造は「ちょうどいい、これからこの家に住んでくれ。一人じゃ、どうにも味気ないんだ」とあっさり受け入れてしまうところが宇宙的というか、海の男なんでしょうかね。
ありえないリアクションにげらげら笑ってしまいますよ、きっとみなさんも。
なんせ、万造は美津子に一目ぼれしちゃったんですから。
その後 、定食やで働き出した美津子は、ダイアモンド✡ユカイ演じる謎のサーファーに惚れてしまいます・・・。
そして、いったいこのあとどうなるのか・・・!?
観て後悔しない佳品
なんだか、他人事ながら幸せになってほしいなという気持ちにさせられる、ぶきっちょ男万造の幸せな日々もそう長くは続きませんでした。
でも、いつまでもいつまでも、この奇妙な三人の生活が見ていたくなるこの不思議なユーモアとペーソスに包まれたこの愛すべき映画を観なかったら、一生、後悔するでしょう。
大手映画会社では、ぜったいにこの味は出ないだろうと思わせる佳品。明かりのない不灯港な人生を送っている人にも、きっと遠くにかすかな灯台が見えてくると予感させる港のたたずまいなのでした。
この映画を観終わった後には、無性に井上陽水の隠れた名曲「積荷のない船」を聴きたくなりました。
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