クリント・イーストウッド監督『インビクタス/負けざる者たち』は魂への最高のお年玉だ!

このお正月に、皆さんに是非とも観てもらいたい作品があります。それが今回ご紹介する、クリント・イーストウッド監督作品「インビクタス/負けざる者たち」です。

27年間も投獄された政治犯が大統領になった・・・

南アフリカで行われた、悪名高きアパルトヘイトという人種隔離政策。

黒人・白人・その他の人種の混血を避けるため、それぞれの人種を隔離・分離し、異人種間の結婚を認めない、まるでナチス・ドイツの優生学や一時期のアメリカを思わせるような時代錯誤の政策でした。

このアパルトヘイト政策と戦い、27年ものあいだ投獄生活の末、1990年、ついに同国初の黒人大統領になった人物、ネルソン・マンデラといえば、その名前を知らない人はまずいないでしょう。

長年続いたアパルトヘイトの残像は、たとえマンデラが大統領になっても、そう簡単に消えたわけではないことが、この映画を観ているとよく分かると思います。

マンデラ氏は、2013年6月、95歳という高齢と肺の感染症のため、すでに故人となっていますが、その伝説は今でも語り継がれています。

ですが、この映画はゴリゴリの政治的なものではなく、ラグビーというスポーツを通してこの国が抱えていたさまざまな問題を浮き彫りにしつつ、第一級の娯楽映画としても楽しめる感動の一作となっているのです。

ここに注目!「インビクタス」の見どころ解説

お手本のようなトップシーン

舞台はマンデラが大統領になって4年後の1994年の南アフリカ。

まずトップ・シーンで描かれるのは、マンデラを乗せたリムジンが街中を走る場面。片側にはスポーツウェア姿の比較的裕福な白人たちがラグビーに興じるグラウンド、もう片側には黒人が裸足でサッカーを楽しむ空地。そして、その真ん中を大統領のリムジンが走るという象徴的なシーン。

「映画は象徴的なシーンから始めろ」というシナリオ・ライターや監督になる人なら、誰でも鉄則として知っているようなシーンが冒頭から描かれます。白人と黒人の間に長い間根づいていた差別の状態をスパッと映画的に画面で見せてくれてるわけです。

しかも、ポスト・アパルトヘイト時代にはまだまだ貧困や格差問題が山積していたことも浮き彫りにしていて、足し算、いや掛け算的に、見事に映画的です。

特にマンデラは、この南アの人々が白人と黒人の二つに分断されていることに、とりわけ心を痛めています。その「色分け」は、貧困と格差の問題とからんで、すぐに暴力につながりやすく、だからこそ、大統領は気がかりでしかたがないのです。

白人vs黒人の場外バトル

What is verby is verby.

マンデラは、この名言を吐きます。

英語で言うところの “What is past is past.” 、つまり「過去のことは過去のこと」ということです。 “Verby(バーベイ)” というのは、英語の “past” 、つまり「過去」を意味します。

南アはもともと、オランダ語系のアフリカーンス語と英語、そしてバントゥー諸語が公用語です。この「バーベイ」というのはアフリカーンス語。それと英語を交えて言ったわけですね。まさに言語の混在も、過去の悪しき習慣からの脱却をほのめかしているわけです。

したたかな政治家としてのマンデラ

新体制になって首を切られるのではないかと恐れている白人の職員に向かって、

「前政権の職員だったからクビになると思うなら、
そのような恐れはないと言おう」

とマンデラはまず先制攻撃をし、

「わたしが望むのは皆さまが全力を尽くし、
まごころをこめて仕事をすることで、
わたしもそうしよう」

と添えて、旧体制側をうまく懐柔するわけです。

なかなかしたたかです。
27年間、牢獄生活を送ってきた大統領の言葉には、ひとつひとつ重みがあります。

マジック・ワードは「赦し(ゆるし)」

さらに、

「赦しが(この国の)第一歩だ。赦しが魂を自由にし、
この赦しこそが、恐れを取り除く最強の武器なのだ」

と、大統領が個人個人の誇りや尊厳を喚起すると、白人たちからもホッとした表情がこぼれます。

Forgiveness liberates the soul.(赦しが魂を解放する)

これは今起こっているあらゆる政治問題、例のテロの問題、宗教の問題のすべての鍵となる言葉ではないでしょうか。

さすがはマンデラです!

一方、南アは来年の1995年にラグビー・ワールド・カップの主催国になっていて、マンデラはそれに目をつけます。黒人警護官たちが危険だというのに目もくれず、まずマンデラは英国と南アのラグビーの試合の観戦に出向きます。

ところが、白人たちはもちろん自国の南アを応援するのですが、黒人たちは、なんと、うらみつらみのある白人たちの南ア・チームではなく、イギリスを応援しているではないですか。いかにうらみつらみが根深いものかを如実に表しています。

弱小チーム対最強チーム

しかし、この国の白人層と黒人層の長年のぶつかり合いを収拾していくには、ワールド・カップ開催は絶好の機会とマンデラは考えました。これを絶好の機会と考えること自体がすでに名プロデューサーですね。

さらに、南アの代表ラグビー・チーム〝スプリングボクス(南ア独特のガゼルの仲間をかたどったユニフォームから)〟のキャプテンであるフランソワ・ピナールと会いたいと言いだすのです。

当時、〝スプリングボクス〟は、アパルトヘイトの象徴だと考えられていたのですが、もし黒人たちが、いまだにこのチームを嫌うなら、もし大会でこのチームが優勝すれば、この国を奮起させ、まとめられるに違いないと心に決めるのです。

ところが、〝スプリングボクス〟は英国にも圧倒的な差で負けるような弱小チーム。やがて、ワールド・カップの相手は最強のニュージーランドの〝オールブラックス〟となっていきます。まさに、アリがライオンに立ち向かうようなこのワールド・カップの試合の行方は・・・!?

続きは、ぜひ本編をご覧ください!

「マンデラ本人お墨付き」のマンデラ

マンデラを演じるのは、おなじみの名優モーガン・フリーマン。キャプテンはマット・デイモンと役者がそろいました。しかも、監督はつい最近、『アメリカン・スナイパー』、『ハドソン川の奇跡』と名作を生み出し、今や監督としても巨匠の風格も出てきたかつての名優クリント・イーストウッドです。

おっと、忘れてはいけないことが・・・。

ネルソン・マンデラ本人の自伝が出版された時、映画化されて誰にご自身を演じてほしいかと問われ、マンデラはモーガン・フリーマンの名前を真っ先に挙げたとか。

そのフリーマンは、マンデラの自宅を訪ね、自ら映画化権を買い取り、製作総指揮もこの映画でつとめるほど熱を入れました。というわけで、この映画のマンデラは、マンデラの「よう」ではなく、まさにマンデラなのです。あるいは、ある意味、マンデラ以上にマンデラかもしれません。

映画タイトル「インビクタス」に込められた意味

劇中、キャプテンのピナールに会いに行った時も、マンデラは

「わが運命を決するのは我なり、我が魂を制するのは我なり
(I am the master of my fate; I am the captain of my soul.)」

という詩の一節を引用しますが、これはイギリスのアーネスト・ヘンリーという詩人の「インビクタス」の一節で、どんな運命にも負けない不屈の精神を詠っています。映画のタイトルもそこからとっていて、インビクタスとは「屈服しない」を意味するラテン語です。

果たして、〝スプリングボクス〟のキャプテンのピナールは、詩人ヘンリーの言う「魂のキャプテン」ではなく、この国の「魂のキャプテン」になることはできるのでしょうか?

あなたもこの映画を観て、27年間「屈服しなかった」意味を考え、その「不撓不屈(ふとうふくつ)」の精神を身につけてはいかがでしょうか。

ただ、この映画の感動には、素直に「屈服」するほうがいいでしょう! 涙無しには観ることが出来ない作品ですので、ハンカチの用意をお忘れ無く。