80年代のB級アクション・スター「チャック・ノリス」が共産主義と戦う!?

みなさん、チャック・ノリス(上の写真)という俳優はご存じでしょうか?

『沈黙の・・・』シリーズのスティーヴン・セガールと並んで、80年代の『地獄のヒーロー』や『地獄のコマンド』など、『地獄・・・』シリーズで一世を風靡したB級アクション・スターなんですが、彼の名前を覚えている人は、もう少なくなってきてしまいました。

ある意味、「沈黙」や「地獄」がつくと、B級アクション映画の目印のような時代があったのです。

最近では、『エクスペンダブルズ2』(2012)という映画があったので、覚えている人もいるかもしれませんが、シルヴェスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリスなどの往年のアクション・スターと肩を並べて、ジェイソン・ステイサム、ジェット・リー、ドルフ・ラングレン、ジャン=クロード・ヴァン・ダムなどなど、いかにもB級アクション・スターも勢揃いしたアクション・スター同窓会的な、B級アクション映画ファンが泣いて喜ぶ映画がありました。その中に、しっかりチャック・ノリスの名前も上がっていたのです。

 

ルーマニアのドキュメンタリー映画

さて、前振りが長かったですが、今回紹介したい作品がこれ、「チャック・ノリス VS 共産主義」です。

しかし、チャック・ノリスなんていう、今では知る人が少なくなってきたアクション・スターの名前を、この映画はなぜわざわざ冠して『チャック・ノリスと共産主義』としたのでしょうか? それにはちゃんとしたワケがあるのです。

実は、この映画は、80年代のルーマニアのリアルな実情を描いたドキュメンタリー映画で、もちろん、チャック・ノリスが共産主義と戦って、ドンパチと大暴れする映画じゃありません。チャック・ノリスというのは、あくまで80年代アメリカ映画の象徴的な存在です。

当時のルーマニアはチャウチェスク政権による共産主義の圧政下にあり、映画を観るなどの西側では当たり前の娯楽さえ禁じられていたのです。その独裁者のチャウチェスクが夫人ともども公開処刑されるところがテレビで放映されたことがあるので、ご存知の方もいるかもしれません。映画さえも観られないなんて、どこかの国のように、どれだけやりたい放題の独裁政権だったかは想像がつくと思います。テレビ番組でさえ、毎日2時間のプロパガンダ番組だけだったのだそうです。

そんな独裁政権下で、一つの抵抗運動として、国にバレないようにアメリカ映画をVHSのビデオで見るという映画会をやっていた人たちがいました。そういう人たちの決死の奮闘努力を描いたドキュメンタリー映画がこの『チャック・ノリス vs. 共産主義』なのです。

英語の映画の翻訳はどうしたのか?吹き替えは?

VHSにわざわざ字幕をつけるだけでもお金がかかるし、そんな独裁政権下では、おそらくそんな施設がどうのという自由もなかったでしょう。まして、声優で吹き替えなどというのは夢のまた夢。では、どうしたのでしょうか?

そこで大活躍したのが、イリーナ・ニストール・マルガレータ(読みが正しいといいのですが)というルーマニアのテレビ番組で翻訳の仕事をしていた女性です。おそらく当時20代後半か30代の若さでしょうが、がんばってテレビの前でボイス・オーバーで映画の内容を解説して、観客にセリフなどを伝えていたのです。

なので、たとえば『タクシードライバー』を観ていても、デ・ニーロの声も、ジョディ・フォスターの声もイリーナの声になってしまいますが、ぜいたくは言っていられません。それでも何のその、なのです。西側から密輸したVHSの禁制のタイトル数は3000を超えたとか。

その昔、トーキーになる前のサイレント時代は映画から音も声も出ず、そのため、声で内容を説明するだけでなく、それを個性的におもしろおかしく伝えて大人気となった日本の徳川夢声さんという弁士さんがいましたが、そういう弁士さんのような存在となって、イリーナは大勢のルーマニア人たちに一瞬でも自由な空気を送り込む存在となったというわけなのです。ルーマニアの人たちにとっては、夢声さんじゃないけど、イリーナの声は、さぞ夢の声となったことでしょう。

チャック・ノリス VS 共産主義

そして、ルーマニアの人たちは、国からは教えてもらえない、アメリカをはじめ、西側諸国の現状をじわじわと知っていったのです。映画を観ることによって、人々はどんなに勇気をもらったことでしょう。映画が人々に勇気を与えていく姿がこの映画では感動的に伝えられていきます。

というわけで、この映画はもともとルーマニアの映画ですが、テレビでもやりそうもなく、DVDにもなりそうもなく、ただ嬉しいことに、Netflixでだけ見られるのです。なんだか、作品を密輸してみんなで秘かに観ていたルーマニアの状況と近い、こっそり感があるとは思いませんか?

アメリカの音楽が入ってこないイギリスで、ジョン・レノンをはじめビートルズのメンバーが、ラジオ・ルクセンブルグの海賊放送で、アメリカ音楽に必死に耳を凝らしていた状況さえ思い出してしまいます。

そんなしあわせな「Netflix時代」を味合わない手はないと思うのですが、みなさんもこの『チャック・ノリス vs. 共産主義』でその「抜け駆け感」を存分に味わってみてはいかがでしょうか?!